はじめに

雪の下で完成する香り
秋田県南部、横手盆地の一角にある小さな集落・三関。雪が音を吸い込み、空気が冷たく張り詰めるころ、この土地では、一本のせりが「完成」を迎えます。それは「三関せり」です。
三関せりは、鍋の名脇役ではありません。根まで白く、長く、香り高く育ったその姿は、
冬の食卓の主役として、確かな存在感を放ちます。
なぜ、ここまで香りが強く、歯切れがよく、しかも根まで美味しいのか。
その答えは、寒さ・水・人の手間という、三関だけが積み重ねてきた条件の中にあります。
これは、ただの野菜の話ではありません。土地と人が何十年もかけて磨き上げてきた、冬限定のブランド食材の物語です。
食材概要

三関せりとは
- 名称:三関せり(みつせきせり)
- 産地:秋田県湯沢市三関地区
- 分類:セリ科セリ属
- 旬:12月〜2月(厳寒期)
- 特徴:根が長く白い/強い香り/シャキッとした食感
- 主な用途:せり鍋、きりたんぽ鍋、しゃぶしゃぶ、天ぷら
- ブランド性:産地限定・冬季限定生産
歴史・由来
歴史的背景

起源:三関地区(現在の湯沢市関口、上関、下関地区)では、東に連なる山々から雄物川(おものがわ)へと広がる扇状地の豊富な伏流水を利用し、古くからせりの栽培が行われてきました。文献によれば、セリ自体の栽培は江戸時代初期の元和年間(1620年)頃から始まったとされています。
当初は自生していた野生のセリの中から、より品質の良いものが長い時間をかけて選抜・改良され、現在の「三関せり」の在来品種が確立。度重なる農業の近代化にも左右されず、古来の姿を守ってきました。
三関せりは種子から発芽させることが難しいため、前シーズンに収穫した株を親株として残しておき、秋に一本ずつ手作業で植え付けて育てるという、非常に手間のかかる伝統的な栽培方法が継承されています。
近年の展開

ブランド化:長い間、地元で愛される伝統野菜でしたが、2014年にはせりとして全国で初めて商標登録されました。これにより認知度が向上し、当初はカットされていた根の部分も食べ方と共にPRされ、人気が高まりました。
2018年度には販売額が1億円を突破し、地域ブランドとしての地位を確立。2019年11月に行われた皇位継承の重要祭祀「大嘗祭」(だいじょうさい)では、秋田県の特産物として供納されるなど、高い評価を受けています。
手間のかかる作業が多いものの、近年はクラウドファンディングを活用したハウス購入や、若手農家の新規就農も増えており、次世代への継承に向けた取り組みも進められています。
栽培方法・生産工程
苗づくりと植え付け(夏〜秋)
株分け栽培:三関せりは発芽率が低いため、種ではなく、前年に収穫したせりの「ランナー(匍匐枝)」や親株を苗として利用する。
手作業の植え付け:9月頃、田んぼを耕して水を張り、苗を一株ずつ丁寧に手で「ペタペタ」と土に寝かせるように植えていく。
独自の管理方法

伏流水の活用: 扇状地から湧き出るミネラル豊富な伏流水をかけ流しにして育てる。水温を一定に保つことで、冬の寒さの中でもせりが凍るのを防ぐ。
根を白くする工夫: 収穫前に一度水を抜き、あえて空気に触れさせることで根に酸素を供給し、白く美しい根に仕上げる。
温度調整: ハウス栽培では、気温が上がりすぎないよう側面を開けたり、非常に寒い日はストーブを焚いたりして、根が下に伸びるのに適した環境(寒冷な刺激)を維持する。
過酷な収穫・洗浄(冬)
手作業での引き抜き: 根を傷つけないよう、水と泥が混ざった深さ30cmほどの田んぼの中で、一本ずつゆすりながら丁寧に引き抜く。これは非常に体力を消耗する重労働。
徹底した洗浄: 収穫後、冷たい水を使って根の間に詰まった細かい泥を完全に洗い落とす。この「根の白さ」が三関せりのブランド価値を支えている。
2月の「新葉(しんぱ)」
12月の最盛期を過ぎた2月頃には、一度葉が枯れて新しい葉が生え変わる。これは新葉と呼ばれ、通常のせりよりもさらに柔らかく、風味が良いため、通の間で非常に人気がある。
特徴
なぜ三関せりは「別格」なのか
三関せりが数あるセリの中で「別格」と称され、全国の料理人が指名買いする理由は、以下の3つの圧倒的な違いに集約されます。
概念を覆す「根」の存在感

一般的なセリは「葉と茎」を食べるものですが、三関せりの主役は「根」です。
見た目:真っ白で太く、20cm以上に及ぶその根は、まるで工芸品のような美しさ。
食感:繊維が緻密で、噛んだ瞬間に「シャキッ」ではなく「ボリボリ」と鳴るほどの力強い歯ごたえ。
旨味:根に凝縮された大地の香りと甘みは、他のセリとは比較にならないほど濃厚。
300年の歴史が育んだ「奇跡のテロワール」
三関地区にしか存在しない独自の環境が、この品質を生んでいます。
天然の「冷蔵庫」:奥羽山脈から吹き下ろす厳しい寒風が、せりを凍結から守るために糖分を蓄えさせ、甘みを引き出す。
清冽な伏流水::扇状地から湧き出るミネラル豊富な伏流水をふんだんに使い、絶えず水を循環させることで、泥臭さの一切ない、透き通るような白い根が育つ。
「命がけ」とも言われる極限の職人技
三関せりは、機械化が不可能な「究極の手仕事」の結晶です。
極寒の重労働:雪が降り積もる真冬、氷点下に近い水に浸かりながら、一本一本泥を落とし、根を傷つけないよう手作業で洗浄する。
選別眼:伝統的な在来種を、300年前から親株の株分けでつなぎ続けている。この血統を守り抜く農家のプライドこそが、味の絶対的な信頼を支えている。
生産者の思い

栽培のこだわり・自然との対話
「※下記は、三関地区で代々続く農家や、新たに就農した若手生産者たちの声を、産地の共通した想いとして構成したものです。」
「私たちはよく、『雪と冷たい水こそが、せりを旨くする最高の調味料だ』と言います。三関の冬は厳しいですが、その寒さがあるからこそ、せりは凍るまいと必死に糖分を蓄え、命を繋ぐために根を深く、白く伸ばしていく。あのシャキシャキとした力強い歯ごたえは、厳しい自然とせりの生命力が生み出した、この土地にしか出せない芸術品だと思っています。」
作業への自負・一株に込める手仕事
「収穫と洗浄の作業は、正直に言って過酷です。氷点下に近い水に手を突っ込み、一本一本、根を傷つけないように泥を落としていく。指先は感覚がなくなるほど冷えますが、泥が落ちて真っ白な根が現れた瞬間の美しさを見ると、疲れも吹き飛びます。機械には真似できないこの『手仕事』の積み重ねが、三関せりのブランドを支えていると確信しています。」
歴史と未来・300年を繋ぐ決意
「江戸時代から300年以上、私たちの先祖はこの種を絶やさず、この水を守ってきました。今、若い世代の農家が次々と入ってきてくれているのは、この歴史というバトンに価値があると信じているからです。かつては捨てられていた根っこが、今では全国で主役として愛されている。その誇りを胸に、次の300年も『やっぱり三関のせりは別格だ』と言われるものを作り続けていきたいですね。」
雪の中での作業、冷たい水、決して効率的とは言えない工程。それでも続ける理由は、味が応えてくれるから。
自分たちが誇れるものを、正直に、丁寧に、次の世代へつなぐ——それが三関せりの本質なのです。
まとめ

伝統を守るベテランの技と、それを継承しようとする若き力。
三関せりは、単なる伝統野菜という枠を超え、地域の未来を切り拓く希望の光となっています。2025年、新たな挑戦を続ける産地の熱意は、この白い根を通じて私たちの元へと届きます。
食卓からこの伝統を支える――。そんな一皿が、日本の豊かな食文化を次世代へと繋ぐ確かな力になるに違いありません。
※本食材は、収穫時期や生育状況に応じて出荷されるため、販売時期・数量には限りがあります。最新の販売状況や次回出荷については、公式サイトをご確認ください。
購入案内(非アフィリエイト)
● 製品名:三関せり
● 価格:掲載なし(リンク先でご確認ください)
● 購入元:[株式会社CRAS]
参考文献
| 種別 | 出典名・資料名 | 内容・参照目的 | URL |
|---|---|---|---|
| 行政・公的 | 秋田県公式サイト 農林水産部 | 秋田県の農産物、地域ブランド施策 | https://www.pref.akita.lg.jp |
| 行政・公的 | 湯沢市公式サイト | 三関地区の地域情報・農業概要 | https://www.city-yuzawa.jp |
| 行政・公的 | 農林水産省(MAFF) | 日本の伝統野菜・食文化に関する基礎資料 | https://www.maff.go.jp |
| JA・団体 | JA秋田ふるさと | 三関せりの産地情報・流通背景 | https://www.ja-akita-furusato.or.jp |
| 産直・流通 | あきたアグリネット | 秋田県産農産物の市場・流通情報 | https://www.akita-agrinet.com |
| 生産者団体 | 三関せり生産者部会 | 栽培方法・三関せりの特徴 | https://www.mituseki-seri.jp |
| 食文化 | 日本郷土料理データベース | せり鍋・きりたんぽ鍋の文化的背景 | https://www.japan-foods.jp |
| 学術・研究 | 農業・食品産業技術総合研究機構(NARO) | 野菜栽培・水耕栽培に関する技術資料 | https://www.naro.go.jp |


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