はじめに — 二種類の白菜の紹介

日本では季節や地域、用途に応じて多くの白菜品種が利用されてきました。そのなかでも、新理想(しんりそう)と御嶽はくさい(おんたけはくさい)は、それぞれ異なる背景と特徴を持つ、いわば“対照的な名品白菜”です。
「新理想」は、いわゆる黄芯白菜(球の内部が黄みがかった白菜)の代表格。漬物や鍋料理に向き、味・食感・漬物加工時の変色の少なさなどで高い評価を得てきた品種です。
一方の「御嶽はくさい」は、標高の高い高原地帯(長野県木曽地域)で育てられる“夏〜秋”収穫の高原白菜。一般的な冬白菜とは異なる旬と、播種から収穫までの独自の栽培方法、みずみずしい歯切れの良さが特徴です。
このように、両者は育つ環境も旬も栽培方法も異なるため、白菜好きや野菜好きにとって、それぞれ異なる魅力を持つ“選択肢”となります。本稿では、その歴史・伝統・特徴・栽培・生産者の声・使い方(レシピ)を丁寧に解説していきたいと思います。
新理想 — 歴史と伝統

品種の背景
「新理想」は、白菜生産量全国1位の茨城県八千代町が発祥であり、静岡県富士宮市とともに特産地として知られています。戦後から存在していた黄芯白菜の一種とされており、黄芯白菜のなかでもその食味の良さ、そして漬物加工への適性の高さから、「日本一おいしい白菜」とも言われたことがあり、多くの漬物業者や消費者から支持を受けました。
しかしながら、その栽培は決して容易ではありません。病気に弱い品種であり、畑の条件や管理に細心の注意が必要とされました。そのため、栽培できる農家や地域が限られ、徐々に栽培面積や流通量が減少した、という歴史があります。
とはいえ、現在も種苗会社によって「新理想」はラインアップに残され、家庭菜園から小規模農家まで、一定の人気と評価を保っています。
“黄芯白菜”としての伝統と再評価
黄芯白菜は、白菜のなかでも内部の“芯”が黄色を帯び、甘みや滑らかな舌触りが特徴です。その味の良さと漬物加工時の色あせしにくさは、漬物文化のある地域で特に重視されてきました。新理想は、こうした黄芯白菜の特徴をよく体現する代表品種として存在してきたのです。
近年、消費者の“食の質”への関心の高まり、また地域野菜や地元農産物への注目のなかで、新理想も“懐かしの白菜”“昔ながらの深い味わいの白菜”として再評価されつつあります。特に直売所や小さな農家を中心に、食べてみたいとの声が聞かれ始めているようです。
御嶽はくさい — 歴史と伝統

品種名とブランド白菜としての立ち位置
「御嶽はくさい」は、長野県木曽地域(木祖村・木曽町開田高原など)で栽培される、高原白菜のブランド名です。昭和28年(1953年頃)に栽培が始まり、その後木祖村、木曽町で生産が定着。以来50年以上の歴史を重ね、地元の特産品として定着しています。
“御嶽”の名は、背後にそびえる 御嶽山 に由来し、この高原地の気候・土壌、また夏〜秋にかけての収穫時期によって生まれる特有の白菜として、多くの漬物業者や流通業者から信頼されてきました。
高原白菜としての伝統と工夫
御嶽はくさいの栽培には、夏場の高原地域の気候、そして“直播き(種を畑に直接撒く)”という古くからの栽培法が貫かれています。直播きにより、根が深く張り、乾燥や多雨といった高原特有の天候変動にも強い白菜が育ちます。
また、漬物加工に適した“黄芯や黄芯に近い性質を持つ白菜”も導入されてきました。例えば、かつて同地域で作られていた黄芯系品種「優黄」などは、漬物の色映えや漬け上がりの美しさで高く評価されました。
ただし、時代とともに産地の規模縮小、後継者不足、栽培の難しさなどにより、生産量は減少。一時はピーク時の約半分まで落ち込んだといいます。産地維持のため、近年は栽培技術の見直しや就農促進、病害対策、軽労化などの取り組みが行われています。
こうして、伝統を守りながらも、現代の課題に対応する努力が続けられています。
特徴比較 — 新理想と御嶽はくさい

以下に、両白菜の主な特徴を比較します。
| 項目 | 新理想 | 御嶽はくさい |
|---|---|---|
| 内部の色/見た目 | 黄芯白菜。球の内部が黄・白・緑と色鮮やか。 | 白菜だが、高原で育つため寒暖差があり、みずみずしさと歯切れの良さが特徴。黄芯系品種も利用。 |
| 食味・食感 | 舌ざわりがなめらか、甘みと旨みがあり、漬物や鍋に最適。漬物加工時の変色が少ない。 | 繊維が少なく歯切れよく、みずみずしい。生でもサラダや浅漬け、鍋にも向く。 |
| 収穫時期 | 冬どり(平坦地で秋まき〜冬収穫、高冷地なら秋収穫時期) | 夏〜秋収穫(高原地で、高冷地ならではの夏白菜) |
| 栽培適地 | 平坦地〜一般地、または夏まき〜冬どりの気候に適応。比較的栽培しやすいが、病気には注意。 | 高原・高冷地。直播き栽培が基本。気候や土壌、管理に独自の知見が必要。 |
| 主な用途 | 漬物(浅漬け・一夜漬け・ヌカ漬けなど)、鍋、煮物 | 生食(サラダ)、浅漬け、鍋、漬物、炒め物など幅広く。高級流通先にも出荷。 |
このように、「漬物や鍋料理に最適で伝統的な白菜」を求めるなら新理想、「夏〜秋に収穫されたみずみずしい白菜、サラダや鍋、漬物など多用途で使いたい」なら御嶽はくさいが、それぞれ得意分野を持っています。
栽培方法
新理想の栽培方法

「新理想」は、中生種の白菜で、播種から収穫まで概ね 80〜85 日程度。球は包頭型で、1玉あたり約 3.5 kg前後になる豊産種です。
栽培のポイント:
- 種まき床を湿らせてから播種し、土を軽くかける。発芽まで表土が乾かないよう水やりをこまめに行う。
- 畑への直接条まき、または箱まき・ポットまきの後、本葉 4〜5 枚で定植。株間は約50 cm。
- 肥料は油かす、化成肥料などを使用し、生育期間中の肥料切れに注意。特に窒素・生育促進などのバランスを考慮する必要がある。
- 病気(ウイルス病、ナンプ病、石灰欠乏症など)に弱い。早まき、あるいは土壌条件が悪い場所では生育不良になることがあるため、土壌の適性や過去の履歴をよく確認する。
このように、新理想は“扱いやすさ”の面では中庸ですが、栽培条件を整え、管理をしっかりすれば、家庭菜園や小規模農家にも適した白菜です。
御嶽はくさいの栽培方法

御嶽はくさいの最大の特徴は、「高原地帯での栽培」「直播き」「高原ならではの気候を活かす」という点です。
栽培の流れとポイント:
- 直播き栽培:畑に直接種を撒く方法。これにより、根が地中深くまで張り、主根は地中 1m に達することもあるといわれる。これが、干ばつや多雨、気温変化に強い白菜を育てる鍵。
- 種は1か所につき2粒撒き、発芽後に間引き。たとえ芽吹きが欠損しても予備を残すことで安定を図る。
- 栽培中は、間引きや畝立て、マルチングなどを丁寧に行い、生育を揃える。特に高原地では天候の変化が激しいため、生育ムラを防ぐことが重要。
- 有機肥料(たとえば畜産の牛ふん堆肥など)を用いる場合もある。これは土壌の肥沃さを保ちつつ、化学肥料に頼らない栽培を可能にする。
- 病害虫対策にも独自の工夫。たとえば、害虫対策ではフェロモンかく乱剤を使い、農薬使用量を抑えるなどの減農薬・環境配慮の手法が取られてきた。
- 収穫は播種後約60日程度で可能。収穫期をずらして、夏から秋にかけて出荷が継続できるよう、標高の低い畑から高い畑へと順次栽培場所を切り替える。これにより、長期間にわたる安定供給が可能。
このような“高原白菜ならではの技術と工夫”により、御嶽はくさいは高品質ながら安定した生産・供給を行ってきたのです。
生産者の声
新理想 — 栽培や食の“原点”として
現在、「新理想」を栽培する農家は、むしろ規模が小さく、手間をかけて丁寧に育てているところが多いようです。黄芯白菜としての“味の深さ”“漬物の仕上がりの良さ”を理解し、支持する消費者や漬物業者とのつながりを大切にしている生産者が多く、その姿勢がある意味“新しい白菜の伝統”として受け継がれています。
ある直売所の紹介では、「値札と一緒に『新理想』と書かれていれば、ぜひ試してほしい。たった一度食べれば、その滑らかな舌触りと深い味わいに驚くはず」と消費者に呼びかけるほど。
その一方で、病気に弱く、畑や気候、管理条件を選ぶ品種であるため、安定的に作る難しさも語られます。農家としても“うまく作れたとき”の喜びや、“今年はうまくいかなかった…”という苦労があるようです。こうした揺れ動きがあるからこそ、“味を大事にする白菜”としての価値が、今も見直されているようです。
御嶽はくさい — 高原の自然と向き合う生産者たち
御嶽はくさいを作る農家にとって、何より大切なのは「自然」と「畑の土」。高原の気候、土壌、水分、気温差など、すべてが白菜の仕上がりに影響します。ある生産者は、「畑違いの職種から農業へ転身したが、この白菜の味と食べた人の笑顔のために頑張っている」と語っています。
また、かつてはピーク時に年間60万ケースに達した出荷量も、後継者不足や労働力不足、栽培の難しさから減少。しかし、近年は地元自治体、JA、農業改良普及センターなどが協力し、技術支援、軽労化(収穫アシストスーツの導入など)、就農支援を行い、産地の維持に努めています。
さらに、生産者の多くが「この白菜を通じて木曽の自然や歴史、風土を伝えたい」と語っており、単なる“野菜栽培”ではなく、“地域文化の継承”としての意識を持って取り組んでいます。
そうした想いと手間があるからこそ、御嶽はくさいは単なる白菜以上の“信州木曽の宝”として、多くの人々に愛され続けてきたのです。
レシピ — それぞれの白菜を活かす使い方
以下は、新理想と御嶽はくさい、それぞれの白菜の特徴を活かしたおすすめレシピ例です。旬や食材の持ち味に応じて、使い分けるのがおすすめです。
新理想を使ったレシピ

漬物 — 黄芯白菜の良さを生かす
材料(1/4 個分)
- 新理想白菜 1/4 個
- 塩 小さじ1.5〜2(白菜の量に合わせて調整)
- 好みで昆布、唐辛子、柑橘皮など
作り方
- 白菜をざく切りにし、塩を全体にまぶす。
- 重しをして冷暗所で一晩置く(約 6〜12 時間)。
- 味を見て好みに応じて昆布・唐辛子などを加える。
- 漬け上がったら水気を軽く切って器に盛る。
ポイント:新理想は内部の黄芯が美しく、漬け上がり後も変色しにくいため、漬物の仕上がりがきれい。舌触りもなめらかで、歯ざわり・甘みともに満足度が高い。
この浅漬けはそのまま副菜に、あるいは細かく刻んで炒め物の具材や鍋の具材として使うのもおすすめです。
御嶽はくさいを使ったレシピ

冷しゃぶサラダ — 高原白菜のシャキッとみずみずしい食感を生かして
材料(2〜3 人分)
- 御嶽はくさい 1/3 個
- 豚しゃぶ用薄切り肉 150〜200 g
- 大葉またはみょうが(お好みで)数枚
- ごま油・ポン酢またはしょうゆ・すりごま 少々
作り方
- 白菜を芯を除き、ざく切りまたはざくざく細切りに。水で冷やしてシャキッとさせる。
- 豚肉は熱湯でさっと茹で、水気を切って冷ます。
- 器に白菜、豚肉を盛りつけ、お好みで大葉・みょうが。ごま油とポン酢(またはしょうゆ)で和え、すりごまを振る。
ポイント:御嶽はくさいの歯切れの良さとみずみずしさがサラダにぴったり。冷しゃぶの豚肉と合わせれば、軽く、でも満足感のある一品に。高原白菜ならではの“初夏〜秋の白菜の新鮮さ”を楽しめます。
まとめ — どちらを選ぶかは「目的と旬」で

「新理想」と「御嶽はくさい」、両方とも白菜としての魅力が高く、それぞれ異なる個性を持つ白菜です。
- 漬物や鍋、伝統的な白菜料理で「深い味わい」「漬物映え」「白菜らしい甘みと舌ざわり」を求めるなら 新理想。黄芯白菜らしい上質な味と食感を堪能できます。
- 季節を問わず新鮮さ、みずみずしさ、歯切れの良さ、生でも食べやすさ、そして多用途性を重視するなら 御嶽はくさい。高原白菜ならではの爽やかな味わいを楽しめます。
そして可能ならば、両方を使い分けることで、白菜料理の幅はぐっと広がります。たとえば秋や冬は新理想で漬物や鍋を楽しみ、春〜秋には御嶽はくさいでサラダや浅漬け、軽い鍋料理などを楽しむ、といったように季節と用途で使い分けるのが理想的です。
さらに、生産者の努力や背景、地域の気候・風土を理解すると、一層おいしさや感謝の気持ちが深まるはずです。白菜はただの野菜ではなく、地域と人と自然の結晶。そんな視点で、これら二つの白菜を味わってみてはいかがでしょうか。
購入案内(非アフィリエイト)
● 製品名:新理想
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● 購入元:[う宮~なJAふじ伊豆]
購入案内(非アフィリエイト)
● 製品名:御嶽はくさい
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● 購入元:[ 道の駅 木曽福島]
※季節限定の商品のため、最新の販売状況を電話で確認されることをお勧めします。
参考文献
- 株式会社信州山峡採種場「白菜 新理想」商品紹介ページ 【shop.sankyoseed.co.jp】
- 株式会社ウタネ「新理想白菜」商品詳細情報 【株式会社ウタネ】
- コラム「日本一おいしい白菜といわれる『新理想』をご存知でしょうか。」(富士宮市の地場野菜紹介) 【富士宮フードバレー】
- 「だからおいしい!長野のハクサイ — 作り手の情熱とこだわりが『おいしさ』の鍵」(高原白菜、御嶽はくさい紹介)【 naganojoho.com】
- JA-長野県「白菜づくりのプロフェッショナルに逢ってきた」(御嶽はくさいの歴史と栽培) 【oishii.iijan.or.jp】
- 長野県「夏のブランドハクサイ『御嶽はくさい』産地の再構築に向けた取組」(産地維持・就農支援の取り組み) 【農林水産省】
- 長野県地域ブログ「お客様の口に入るものを作るということ」 — 御嶽はくさい生産者インタビュー記事 【しあわせ信州】



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