はじめに

冬の金沢でしか育たない、香りを食す伝統野菜
冬の金沢。鉛色の空から降り続く雪と雨、湿り気を含んだ冷たい空気の中で、静かに力を蓄える野菜があります。それが、加賀野菜のひとつ 「金沢春菊」 です。
全国どこでも見かける春菊と同じ名前を持ちながら、その姿も、香りも、味わいもまったく別物。
柔らかな葉、えぐみの少ない上品な苦味、口に入れた瞬間に広がる青々しい香りは、「鍋の脇役」という既成概念をやさしく裏切ります。
金沢春菊は、金沢の気候・土壌・食文化がそろって初めて成立する、土地依存型の希少野菜です。
大量生産には向かず、栽培できる時期も限られるため、市場に出回る量はごくわずか。
それでもなお、地元の料理人や家庭に大切に使われ続けてきました。
この野菜が守られてきた理由は、派手さではありません。「この土地の冬に、この味が必要だった」――そんな静かな必然が、今も畑に息づいています。
本記事では、金沢春菊の歴史・栽培・味わい・生産者の想いを通して、加賀野菜が持つ“本当のブランド価値”に迫ります。
食材概要
- 名称:金沢春菊(かなざわしゅんぎく)地元では「つまじろ(端白)」とも呼ばれる。
- 区分:加賀野菜(伝統野菜)金沢市農産物ブランド協会によって認定された15品目のうちの1つ。
- 主な産地:石川県金沢市および周辺地域 (金沢市三馬地区などが栽培の中心)
- 旬:11月〜3月(主に冬季)ただし、ハウス栽培やトンネル栽培により通年出荷されることもある。
- 特徴:葉が柔らかく、香り高い/えぐみが少ない。一般的な中葉種の春菊と異なり、葉の切れ込みが浅く肉厚な大葉種に分類され、独特のクセが少なく食べやすいのが特徴。
- 流通量:少量・地域限定 一般的な中葉種に押され、全国的な生産量は少なめ。
- 主な用途:鍋物、和え物、吸い物、加賀料理 生のままサラダにも利用できるほど多様な用途がある。
歴史・由来

藩政時代からの伝承と確かな記録
金沢春菊の歴史は古く、江戸時代にまで遡ります。
加賀藩5代藩主・前田綱紀(1643年〜1724年)の治世は、学問や文化だけでなく、農業振興にも力が注がれた時代でした。この頃すでに、現在の金沢市周辺では春菊の栽培が行われていたと考えられています。
その存在を裏付ける確かな史料が、1707年(宝永4年)に著された農書『耕稼春秋』です。
この書は、加賀藩の大庄屋(十村役)であった土屋叉三郎によってまとめられたもので、そこには「ツマジロ」と呼ばれる作物の栽培方法や販売についての記述が見られます。
この記録により、金沢春菊は少なくとも300年以上前から、金沢の地で育てられ、食されてきた野菜であることが明らかになっています。
名前の由来──「つまじろ」と「春菊」

金沢春菊は、古くから地元で「つまじろ(端白)」という名で親しまれてきました。
この呼び名は、葉の先端(つま)が白っぽく見える姿に由来すると伝えられています。
厳しい冬の中で育つことで葉肉が厚くなり、淡い色合いを帯びる様子が、その名に反映されたのでしょう。
一方、「春菊」という名称は、春に黄色い菊に似た花を咲かせることから名付けられた一般的な呼称です。
金沢では、この伝統的な大葉の在来系統を、全国で広く流通する中葉種と区別するため、「金沢春菊」という名称で呼び継いできました。
品種の系統──希少な「大葉種」を守り続けて
春菊は、葉の切れ込みの深さによって「大葉」「中葉」「小葉」に分類されます。
金沢春菊は、その中でも全国的に珍しい「大葉種」に属しています。
かつては、金沢市内の三馬(みんま)地区などを中心に栽培されていましたが、時代が進むにつれて状況は変わります。
栽培しやすく収量の多い中葉種が全国的に普及したことで、大葉種である金沢春菊は徐々に姿を消し、一時は流通量が大きく減少しました。
このままでは、地域固有の食文化が失われてしまう――。
そうした危機感のもと、平成9年(1997年)に金沢春菊は「加賀野菜」の一つとして正式に認定されます。
以降、種の保存や生産体制の再構築が進められ、伝統野菜としての価値が改めて見直されるようになりました。
金沢の冬を支えてきた食文化

金沢春菊は、単なる伝統作物ではありません。
それは、金沢の冬の食卓に寄り添ってきた存在でもあります。
大葉種ならではの特徴として、一般的な春菊に比べてえぐみが少なく、葉は肉厚で非常に柔らかいことが挙げられます。
香りは穏やかでありながら奥行きがあり、料理の味を邪魔することなく、そっと引き立ててくれます。
素材の持ち味を尊ぶ加賀料理において、金沢春菊は主役ではなく、名脇役として重宝されてきました。
鍋物やおひたしなど、素朴な料理の中でこそ、その真価が発揮されてきたのです。
栽培方法・生産工程
栽培スケジュールと栽培環境

※画像はイメージです
金沢春菊は冷涼な気候を好み、金沢の秋から冬にかけての環境に適した野菜です。
主にハウス栽培やトンネル栽培が採用され、天候の影響を和らげながら、安定した品質が保たれています。
- 種まき:8月下旬〜9月上旬(秋まき)
- 収穫期:11月下旬〜3月下旬
※最盛期は12月〜3月の冬期
ゆっくりと低温にさらされながら育つことで、葉は厚みを増し、香りと柔らかさを兼ね備えた春菊に仕上がります。
生産工程(種まきから出荷まで)
① 播種(種まき)
金沢春菊の種子は、発芽率がおよそ60%とやや低めです。
そのため、1か所につき3〜5粒を目安に、均等になるよう丁寧に播種されます。
土壌は乾燥に弱いため、保水性に優れた有機質を多く含む土が適しています。
播種の段階から、後の品質を見据えた土づくりが欠かせません。
② 育苗・間引き
播種後から収穫までの間に、計3回の間引きが行われます。
この工程は、金沢春菊の品質を左右する重要な作業です。
株が密集すると湿気がこもりやすくなり、「炭そ病」などの病害が発生しやすくなります。
そのため、通風を確保することを目的に、間引きは徹底して行われます。
同時に、生育の遅れた株や形の整わない株を取り除き、良質な株だけを残す選別作業も進められます。
③ 収穫
草丈が20〜30cm程度に育つと、収穫の適期を迎えます。
多くの生産者が採用しているのが、摘み取り収穫です。
根を残したまま上部の葉だけを摘み取ることで、茎の付け根から新たなわき芽が伸び、一作で数回の収穫が可能になります。
この方法は手間がかかる反面、葉の柔らかさと香りを保つうえで非常に有効とされています。
④ 調整・出荷(最も重要な工程)
収穫後の管理は、金沢春菊の鮮度と品質を決定づける、最も神経を使う工程です。
まず、出荷後の腐敗を防ぐため、葉に残った水分を丁寧に取り除く徹底した水切りが行われます。
湿気の多い金沢の気候では、この作業が特に重要です。
作業場の温度はおよそ10℃前後に保たれます。
室温が高いと葉がすぐに萎れてしまうため、温度管理には細心の注意が払われます。
その後、柔らかな葉を傷つけないよう一束ずつ丁寧に袋詰めされ、地元市場や直売所へと出荷されます。
生産者のこだわりと現場の苦労

金沢春菊の品質は、生産者の見えない努力によって支えられています。
春菊は病害虫に対して薬剤抵抗性がつきやすいため、異なる系統の農薬を交互に使用するなど、計画的な防除が行われています。
また、同じ圃場で作り続けると病気が出やすくなるため、4〜5作以上の連作を避ける(※輪作)を徹底し、土壌環境の維持にも力が注がれています。
※輪作とは:同じ畑で毎年同じ作物を続けて作らず、異なる種類の作物を順番に栽培していく方法
こうした日々の管理と、収穫後の厳格な温度・湿度管理があってこそ、
「えぐみが少なく、葉が柔らかい」金沢春菊の味わいは守られているのです。
生産者の思いと哲学
「一度途絶えたら、二度と戻らない」――種を守るという使命
金沢春菊は、全国的に主流となった中葉種の普及により、かつては栽培面積が大きく減少し、絶滅の危機に瀕した時代がありました。
その背景には、「育てやすさ」や「収量」といった効率性が、農業の現場に強く求められるようになった流れがあります。
こうした状況の中で、生産者や地元の種苗関係者が共有してきたのは、強い危機感でした。
伝統野菜は、単なる作物ではなく、地域の食文化そのもの。
一度種が途絶えてしまえば、たとえ名前だけが残ったとしても、本来の姿や味を取り戻すことはできません。
そのため金沢春菊の栽培において、最も大切にされてきた哲学が「種の保存」です。
収量や効率を優先するのではなく、この土地で受け継がれてきた系統を守り続けること。
それは、生産者にとって責任であり、使命でもあります。
伝統を守りながら、食卓に寄り添う進化
金沢春菊の生産者たちは、伝統を守る一方で、過去の姿をそのまま固定することにはこだわっていません。
時代とともに変化する食生活に合わせ、「食べ続けてもらうための進化」を重ねてきました。
かつての金沢春菊は、現在よりも苦味が強かったと言われています。
しかし今では、柔らかさや甘みを感じられ、えぐみの少ない味わいを目指した栽培が主流となっています。
「春菊が苦手な人にも、これは美味しいと言ってもらえるように」。
そんな思いから生まれた“食べやすさ”への配慮は、妥協ではなく、伝統を未来につなぐための工夫です。
「旬の味」を最高の状態で届けるという誇り
金沢春菊の生産者の多くは、出荷期間を延ばすことや効率を追い求めるよりも、
「旬の時期に、最も美味しい状態で食べてもらうこと」を何より大切にしています。
収穫後すぐに行われる水切りや、10℃前後に保たれた作業環境での調整作業。
柔らかな葉を傷つけないよう、一本一本に気を配る袋詰め。
これらの工程はすべて、「味と香りを損なわずに届けたい」という職人気質なこだわりから生まれています。
近年は気候変動の影響により、発芽や生育が思うように進まない年も増えてきました。
それでも生産者たちは、自然と向き合いながら、試行錯誤を重ねて栽培を続けています。
自然の変化に一喜一憂しながらも、
「食」という、人の暮らしに欠かせない営みに関われる喜びこそが、彼らを支える原動力なのです。
まとめ

効率が優先される現代において、手間暇を惜しまず、繊細な管理が必要な伝統種を守り続けることは容易ではありません。
私たちが金沢春菊を選び、その美味しさを知ることは、そのまま次世代へ伝統を繋ぐ支援にもなります。
北陸の厳しい冬に耐え、凛として育つ金沢春菊。この唯一無二の味わいを、これからもずっと未来へ届けてほしい。
※本食材は、収穫時期や生育状況に応じて出荷されるため、販売時期・数量には限りがあります。最新の販売状況や次回出荷については、公式サイトをご確認ください。
購入案内(非アフィリエイト)
● 製品名:金沢春菊
● 価格:掲載なし(リンク先でご確認ください)
● 購入元:[株式会社サカイダフルーツ]
参考文献
| 種別 | 出典名 | 内容 | URL |
|---|---|---|---|
| 行政資料 | 金沢市公式「加賀野菜」 | 加賀野菜の定義・歴史 | https://www4.city.kanazawa.lg.jp |
| 行政資料 | 石川県農林水産部 | 伝統野菜の保全 | https://www.pref.ishikawa.jp |
| 産直サイト | JA金沢市 | 金沢春菊の紹介 | https://www.ja-kanazawashi.or.jp |
| 学術・資料 | 石川県農業試験場 | 栽培特性 | https://www.pref.ishikawa.jp/noken |
| 生産者情報 | 地元生産者インタビュー | 栽培と想い | 各生産者HP |



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