京野菜|二年の時を土に託す――堀川ごぼうが400年守られてきた理由

ごぼう

はじめに

京都の冬――土の中で二年を生きる野菜

冬の京都。底冷えする土の奥深くで、静かに時を重ねる一本のごぼうがあります。
それが、京野菜の中でもひときわ異彩を放つ存在、堀川ごぼうです。

一般的なごぼうの概念を大きく覆す、直径6〜10センチにも及ぶ太さ。
中空でありながら、煮含めると驚くほど柔らかく、上品な甘みと香りを放つ――
この特異な姿と味わいは、偶然生まれたものではありません。

堀川ごぼうは、二年という歳月をかけて育てられる、極めて手間のかかる「※京の伝統野菜」および「※京のブランド産品」です。
機械化や効率化が進む現代農業の中で、この野菜を作り続けることは決して容易ではありません。
それでもなお、京都の生産者たちは、このごぼうを「残すべき味」として守り続けてきました。

本記事では、堀川ごぼうの成り立ちから栽培の裏側、そして生産者の想いをひもときます。

※京の伝統野菜: 京都府が定めた3つの基準(1. 明治以前に導入されたもの、2. 京都府全域が対象、3. 絶滅した種を含む)を満たす野菜で、現在は35品目(絶滅3種含む)と伝統野菜に準じる3品目が指定されている。

※京のブランド産品: 公益社団法人 京のふるさと産品協会が、形・大きさ・鮮度などの厳しい基準をクリアしたものを認定し、認定品には信頼の証である「京マーク」が付けられる。


食材概要

  • 名称:堀川ごぼう(ほりかわごぼう)
  • 分類:京野菜(伝統野菜)
  • 主な産地:京都府京都市周辺(旧堀川地域)
  • 栽培期間:約2年
  • 旬:12月〜2月(冬季限定)
  • 特徴:極太・中空構造・柔らかい肉質
  • 主な用途:煮物、含め煮、炊き合わせ、すり流し など。特に「肉詰め」は中心の空洞を活かした代表的な調理法。

歴史・由来

豊臣秀吉ゆかりの地で、偶然から生まれた京野菜

堀川ごぼうの歴史は、今からおよそ400年前、安土桃山時代にまで遡ります。
その起源は、豊臣秀吉が京都に築いた壮大な邸宅「聚楽第(じゅらくだい)」と深く結びついています。

偶然が生んだ、一本のごぼう

1595年、豊臣秀吉の失脚に伴い、聚楽第は取り壊されました。
その際、邸宅を囲んでいた外堀は役目を失い、やがて近隣住民の生活ゴミなどが捨てられる場所となります。

そこに、食べ残されたごぼうが捨てられました。通常であれば朽ちて終わるはずのそのごぼうは、
堆積したゴミによって生まれた有機物に富んだ、柔らかな土壌の中で越冬し、翌年、驚くほど大きく育って芽を出したと伝えられています。

この巨大なごぼうを見つけた近隣の農家は、その見た目だけでなく、柔らかさと味の良さに驚き、「意図的にこの状態を再現できないか」と考えました。ここから、堀川ごぼうの栽培の歴史が始まったとされています。

栽培法の確立と広がり

発見をきっかけに、農家たちは試行錯誤を重ね、ごぼうを通常より長く育て、大きく太らせる独自の栽培法を確立していきます。

この方法では、一度育てたごぼうを初夏に掘り起こし、先端を切り落としたうえで横向きに植え直します。そうすることで、ごぼうは再び成長を始め、内部に空洞を持ちながら、周囲の肉質を厚く、柔らかくしていくのです。

この非常に手間のかかる農法は、およそ400年にわたり、京都の農家によって受け継がれてきました。

名前の由来と別名

このごぼうは、聚楽第の外堀が堀川沿いに位置していたこと、また、その周辺地域(現在の京都市上京区・堀川付近)で栽培が広がったことから、明治時代以降「堀川ごぼう」と呼ばれるようになりました。

一方で、発祥の地にちなみ、古くは「聚楽ごぼう(じゅらくごぼう)」という別名でも親しまれていたと伝えられています。

京料理とともに育った高級食材

堀川ごぼうは、繊維がきめ細かく、煮ても硬くなりにくいという特性を持ち、出汁(だし)をよく含むことから、京料理や精進料理の世界で高く評価されてきました。

そのため、古くから格式ある料理に用いられる高級食材として重宝され、献上品として扱われた時代もあったとされています。

現在では、京の伝統野菜のひとつとして、その歴史的背景と独特の姿を守りながら、限られた生産者によって大切に育てられています。

栽培方法/生産工程

「植え直し」が生む、京野菜ならではの価値

堀川ごぼうの栽培は、一般的なごぼうとは大きく異なり、
一度育てた苗を掘り起こし、再び植え直すという、非常に手間のかかる工程を経て行われます。

現在、この栽培法は京都府が推進する「こだわり農法」などの基準を踏まえながら、
伝統技術と現代的な管理手法を融合させたかたちで受け継がれています。


1.苗作り(播種と第一次育苗)

時期: 前年11月中旬〜12月上旬

翌年の栽培に向けて、まず「苗」を育てるところから始まります。
この段階では、種をまいてから半年から1年という長い期間をかけ、長さ60cm以上にまで育った、真っ直ぐで健全な苗を作ります。

近年では、土壌条件のばらつきを抑えるため、プラスチックトレイ(クレバーシート等)を用いた育苗方法も導入され、品質の揃った苗を安定して確保する工夫が行われています。


2.本田(ほんだ)の準備と仮掘り

時期: 5月〜6月

十分に育った苗は、この時期に一度すべて掘り起こされます
堀川ごぼうが「二年越しの野菜」と呼ばれる所以の一つが、この工程です。

掘り上げた苗は、そのまま植え直すのではなく、主根の先端を5〜10cmほど切り落とす処理が施されます。この作業により、根がさらに深く伸びる成長を抑え、横方向へ太る性質を引き出す準備が整えられます。


3.定植(植え直し)

時期: 6月下旬〜7月上旬

切り揃えた苗は、本田へ斜め(約15〜30度)に寝かせて植え直されます
この「斜め植え」こそが、堀川ごぼう独特の形状を生む重要なポイントです。

縦に植えれば再び深く伸びようとしますが、斜めに植えることで、土中の養分を効率よく吸収し、
胴体部分が太く育つようになります。

また、この植え直しによるストレスと、その後の急速な肥大成長によって、中心部に堀川ごぼう特有の大きな空洞(ス)が形成されます。


4.追肥と土寄せ

時期: 8月〜10月

夏場の旺盛な生育期に合わせて、追肥と土寄せを繰り返します。
堀川ごぼうは、農家の間で「肥料喰い」と呼ばれるほど、多くの養分を必要とする作物です。

そのため、

  • 生育状況を見極めながらの追肥
  • 倒伏や日焼けを防ぐための丁寧な土寄せ

といった、きめ細かな肥培管理が欠かせません。


5.収穫

時期: 11月上旬〜12月下旬(2025年現在の旬に準拠)

直径6〜9cm、重さ1kg近くにまで育った堀川ごぼうは、冬の訪れとともに収穫期を迎えます。

肉質が非常に柔らかいため、重機で強く引き抜くと途中で折れてしまう恐れがあります。
そのため、周囲の土を手作業で丁寧に掘り下げながら収穫する、根気と経験を要する作業が行われます。


なぜ、ここまで手間をかけるのか

この特殊な生産工程によって、堀川ごぼうには次のような特性が生まれます。

  • 極太の形状
     一般的なごぼうの数倍にもなる存在感。
  • 驚くほど柔らかな肉質
     約2年かけて育つにもかかわらず、繊維がきめ細かい。
  • 大きな空洞構造
     肉や具材を詰める「鋳込み(いこみ)料理」を可能にする、
     京料理ならではの知恵。

種まきから収穫まで、足かけ2年。この非効率ともいえる手間暇こそが、堀川ごぼうを京のブランド産品たらしめている理由なのです。


生産者の思いと哲学

堀川ごぼうを生産する人々の哲学は、「効率よりも品質を、収量よりも伝統を」という姿勢に集約されます。

約2年をかけ、一度掘り起こして植え直す独自の栽培法は、大きな空洞と驚くほど柔らかな肉質を生む、堀川ごぼうの核心です。この工程を省けば、その価値は成立しません。
生産者はそれを理解しているからこそ、非効率であっても技を守り続けています。

収穫もまた手作業。太く柔らかなごぼうを一本ずつ掘り起こす姿勢には、品質を最優先する覚悟が表れています。

堀川ごぼうは「京の伝統野菜」「京のブランド産品」として、京都の名を背負う存在です。
生産者はその誇りと責任を胸に、料理人が求める最高の状態で届けることを使命としています。

同時に、料亭だけでなく家庭でも楽しんでもらえるよう、レシピ提案や情報発信にも取り組みながら、後継者育成や新技術の導入によって、持続可能な未来を模索しています。

一本の堀川ごぼうに宿るのは、400年分の手間と、食文化を守り抜く意志
それこそが、この野菜が希少食材として評価され続ける理由なのです。

まとめ

一粒の種から食卓に届くまで、足かけ二年。堀川ごぼうの圧倒的な存在感は、単なる年月だけでなく、生産者が注ぐ気が遠くなるような手間の集積によって形作られています。

効率が最優先される現代において、あえて「植え直す」という困難な伝統農法を守り抜くことは、決して容易なことではありません。

しかし、その頑ななまでのこだわりこそが、400年続く「京のブランド」としての品格を支え、唯一無二の食感と香りを未来へと繋いでいるのです。

私たちがこの芳醇な一節を口にするとき、そこには土と共に生きる人々の誇りと、京都の食文化を絶やすまいとする固い決意が宿っています。

冬の限られた時期にしか出合えないこの『土の至宝』を味わうことは、生産者の情熱を分かち合い、日本の豊かな農の伝統を尊ぶことそのものと言えるでしょう。

京野菜とは何か・千年の都が育んだ京の伝統野菜と、その種を守る人々
京野菜とは何かを、京の伝統野菜の定義や京のブランド産品制度、失われた品種の存在とともに解説。種を守り、文化をつなぐ生産者の思いから、京野菜の本質に迫ります。

※本食材は、収穫時期や生育状況に応じて出荷されるため、販売時期・数量には限りがあります。最新の販売状況や次回出荷については、公式サイトをご確認ください。

購入案内(公式/非アフィリエイト)
● 製品名:堀川ごぼう
● 価格:掲載なし(リンク先でご確認ください)
● 購入元(公式):[JA全農京都ショップ


参考文献一覧

種別出典元内容URL
行政資料京都府京野菜の定義・歴史https://www.pref.kyoto.jp
産直サイトJA京都堀川ごぼう紹介https://www.jakyoto.or.jp
学術資料京都大学伝統野菜研究https://www.kyoto-u.ac.jp
市場情報京都市中央卸売市場流通データhttps://www.city.kyoto.lg.jp
生産者HP京都府内農家栽培背景各生産者公式サイト

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