はじめに

静かな山里に受け継がれる、名品の物語
九州・佐賀県多久市。
その中でも西多久町の山あいに、「女山(おんなやま)」と呼ばれる小さな集落があります。
派手な観光の賑わいとは無縁ながら、西多久町には、暮らしと農の歴史が幾重にも折り重なった、奥行きのある風景が広がっています。
しかし、この土地には、一部の人々だけが知る“幻の大根”が、今もひっそりと育てられています。―その名は、女山大根(おんなやまだいこん)。
大量生産には向かず、形も揃わず、育てるには手間がかかる。
それでも、この土地の人々は、何世代にもわたって種をつなぎ続けてきました。
なぜならこの大根には、数字や効率では測れない、土地の記憶と食文化そのものが宿っているからです。
この記事では、その来歴、生産者の思いや哲学などを丁寧にたどりながら、女山大根が持つ本当の価値を掘り下げていきます。
食材概要
- 名称:女山大根(おんなやまだいこん)
- 産地:佐賀県多久市西多久町・女山地区
- 分類:江戸時代から続く日本在来大根(地方品種)
- 収穫期:主に冬季(12月〜2月)
- 流通量:極少量・ほぼ地元消費
- 特徴:ずんぐりとした形状、強い甘みとコク・皮は美しい赤紫色
- 希少性:種の保存と栽培を行う生産者がごく限られる
歴史・由来

※出典:【農林水産省ウェブサイト】
江戸時代から続く栽培の歴史
女山大根は、江戸時代から多久市西多久町の女山(おんなやま)地区を中心に栽培されてきた在来大根です。
山あいの気候と土壌に適応しながら、この地の暮らしとともに育まれてきました。
かつての女山大根は、現在では想像もつかないほど大きく育つ品種だったと伝えられています。
「牛の背に四本の大根を乗せ、多久の殿様へ献上した」という逸話が残るほどで、当時のものは重さ約13kg、胴回り60cmにも達する巨大な大根だったと言われています。
また、女山大根は単なる作物にとどまらず、多久の賢人たちが詩歌に詠む題材ともなり、地域の誇りとして親しまれてきた存在でした。
消滅の危機と復活の物語
しかし、昭和に入ると状況は一変します。
栽培に手間がかかることや、市場が求める規格化された大根への需要の高まりにより、
女山大根の生産量は急激に減少し、一時は絶滅の危機に瀕しました。
それでも、「この土地の味を、ここで終わらせてはいけない」という想いから、地域の人々が立ち上がります。
種の保存から始まり、試行錯誤を重ねながら、約10年の歳月をかけて栽培を復活。
さらに、現在の形で安定した生産と評価に至るまでには、およそ30年にも及ぶ復興の努力が積み重ねられてきました。
ブランド化への歩みとGI登録

こうした長年の取り組みが実を結び、
2022年12月、女山大根は農林水産省の「地理的表示(GI)保護制度」に登録されました。
これは、佐賀県内の農林水産物として初のGI登録という快挙でもあります。
GI登録により、女山大根という名称は法的に保護され、江戸時代から続く伝統野菜としての価値と真正性が、国によって正式に認められました。
これは単なるブランド化ではなく、地域の歴史と文化を守るための制度的な後ろ盾でもあります。
2025年現在の女山大根
2025年現在も、女山大根の生産量は決して多くはありません。それでも毎年1月には「女山大根まつり」が開催され、地域内外の人々に、この大根の存在と物語が伝えられています。
女山大根は、大量に流通する野菜ではなく、地域の誇りとして未来へ手渡されていくべき生きた文化財です。
その価値は、数ではなく、守り続けてきた時間の長さと、人の想いの深さにあります。
栽培方法/生産工程
栽培スケジュール(秋まき・冬収穫)

※写真はイメージです
女山大根の栽培は、「秋に種をまき、冬に収穫する」という、寒さを味方につける作型が基本です。
低温条件下ではデンプンの糖化が進み、女山大根特有の甘みが顕著になります。
糖度は一般的な青首大根と比較して約1.5倍とされ、高い数値を示すことが特徴です。
- 種まき:9月上旬〜下旬
- 間引き・生育管理:10月〜11月
- 収穫期:12月〜2月
※特に厳寒期は甘みが最も増すとされています。
生産工程と栽培のポイント
土づくり ― 玄武岩質が生む味の土台
女山地区の畑は、玄武岩が風化してできた「おんじゃく」と呼ばれる赤土の粘土質土壌が特徴です。
この土壌はミネラル分に富みながらも水はけが良く、過湿を嫌う大根の栽培に適しています。
適度な保水性と排水性のバランスが、
女山大根の強い甘みとコクのある味わいを生み出す重要な要素となっています。
種まき ― 在来種を守るための基本作業
種まきは、一か所に数粒ずつまく「点まき」が基本です。
女山大根は在来品種であるため、
他品種との交雑を防ぎ、純粋な種を次世代へ残すための管理が特に重視されます。
間引き ― 形質を見極める目
生育に合わせて段階的に間引きを行い、最終的に1本に絞ります。
このとき、生産者は葉の軸が赤紫色を帯びている個体を選びます。
この特徴が、女山大根らしい形状や肉質を維持する目安とされているためです。
収穫 ― 人の手で引き抜く一本
収穫はすべて手作業で行われます。
土の締まり具合を確かめながら、1本ずつ丁寧に引き抜きます。
かつては10kgを超える巨大な大根も存在していましたが、
現在は扱いやすさと品質の安定を重視し、
2〜4kg程度のサイズでの出荷が主流となっています。
地理的表示(GI)に基づく厳格な管理

女山大根は、2022年に地理的表示(GI)保護制度に登録されたことにより、
その生産工程と品質に、明確な基準が設けられています。
- 栽培区域の限定
多久市西多久町で栽培されたものに限られる - 品種の保持
地域で受け継がれてきた在来種の種子を使用すること - 出荷基準
赤紫色を帯びた表皮、特有の形状、肉質など、定められた品質基準を満たしたもののみが
「女山大根」としてGIマークを付けて流通
2025年現在の生産体制
2025年現在も、
これらの伝統的な工程と厳格な基準を守りながら、
限られた生産者の手によってのみ、女山大根は育てられています。
効率よりも品質を、
量よりも伝統を重んじる姿勢こそが、
女山大根の希少性とブランド価値を支える最大の理由と言えるでしょう。
生産者の思いと哲学
「地域の宝」を次の世代へつなぐために
女山大根の生産者たちは、単に作物を育てているのではありません。
彼らが向き合っているのは、地域に受け継がれてきた伝統そのものです。
畑に立つ一人ひとりが、「この大根を未来へ残す」という明確な使命感を胸に、栽培を続けています。
「絶やしてはならない」という強い使命感
かつて女山大根は、生産者の減少と時代の変化の中で、消滅の危機に瀕しました。
その状況を前に、地域の人々が有志で立ち上がり、長い年月をかけて復活させてきた経緯があります。
生産者の多くは、「江戸時代から続いてきたものを、自分の代で終わらせるわけにはいかない」という想いを、自然な言葉として語ります。
高齢化が進む厳しい環境の中でも栽培が続けられている背景には、女山大根を“仕事”ではなく、“託された役割”として受け止めている姿勢があります。
「ゆっくり育てる」ことへのこだわり
女山大根は、一般的な青首大根と比べて、およそ2倍の時間をかけて、じっくりと育てられます。
効率や回転率を優先することはありません。
長い栽培期間を通して糖を蓄えさせることで、女山大根特有の、やわらかく澄んだ甘みが引き出されると考えられているからです。
また、生産者たちは口を揃えて、「この味は、この土でなければ出せない」と語ります。
玄武岩質の粘土土壌を持つ西多久町の畑に敬意を払い、土地の力を信じて作ることが、女山大根の基本姿勢となっています。
地域コミュニティの象徴として
生産者にとって女山大根は、単なる農産物ではなく、地域のアイデンティティそのものです。
毎年1月に開催される「女山大根まつり」は、販売を目的とした催しではなく、この大根に込められた歴史や想いを直接伝える場として大切にされています。
また、地理的表示(GI)への登録も、単なるブランド化ではありません。
女山大根を地域の知的財産として守り、正しい形で次世代へ引き継ぐという、生産者たちの哲学の表れと言えるでしょう。
未来へ向けて
2025年現在、生産者の平均年齢は高く、決して楽観できる状況ではありません。
それでも、「まずは一度、食べてほしい。その味の奥にある歴史を感じてもらえたら」
そんな静かな願いが、女山大根の保存と生産を支える、何よりの原動力となっています。
女山大根は、人の手と想いによって守られてきた、生きた文化なのです。
まとめ

時代が移り変わるなかで、今なお江戸の世と変わらぬ手作業にこだわり、一粒の種を大切に育む生産者の方々。その手によって守られているのは、単なる大根ではなく、西多久町という地域の絆そのものです。
GI登録という新たな光を浴びながらも、奢ることなく土にまみれて伝統を繋ぐその姿には、日本の農の原風景が息づいています。
この希少な大根が運ぶ「命のバトン」、その比類なき美味しさを心に刻みながら、私たちは未来へと語り継いでいきたいと願います。
※本食材は、収穫時期や生育状況に応じて出荷されるため、販売時期・数量には限りがあります。最新の販売状況や次回出荷については、公式サイトをご確認ください。
購入案内(公式/非アフィリエイト)
● 製品名:女山大根
● 価格:掲載なし(リンク先でご確認ください)
● 購入元(公式):[幡船の里]
参考文献一覧
| 種別 | 資料名・発信元 | URL |
|---|---|---|
| 行政資料 | 佐賀県農業振興関連資料 | https://www.pref.saga.lg.jp |
| 行政資料 | 多久市公式サイト | https://www.city.taku.lg.jp |
| 産直・地域情報 | JAさが 地域農産物紹介 | https://jasaga.or.jp |
| 学術・在来野菜 | 日本在来作物研究会 | https://www.jircas.go.jp |
| 市場・流通 | 農林水産省 在来作物資料 | https://www.maff.go.jp |
| 生産者情報 | 西多久町地域農業資料 | (地域配布資料・非公開) |



コメント